院長サロン

 
2011.12.18 

vol.6(最終回) 『ともに生きる』

 
 競争型社会で最も価値が高く勝ち組と言われていた産業が電力産業だ。花形産業のはずが原発事故の後は国民の信用を失った。関東地区の大都市は経済性と効率性を謳(うた)い先端技術でゴミを焼却し、人工河川を建造して雨水の排水を図った。大きさが百分の1になったゴミは高濃度の放射能を示し、人工河川の水はアスファルトのセシウムを集め周囲の環境放射線量を危険な値にまで上昇させている。これが、放射性物質の都市濃縮だ。経済性と効率性にかげりが見えている。
 東日本大震災の直後、公立岩瀬病院の職員は「心のベクトル」を合わせて患者さんを救出し、復旧に向けての作業を全員で行った。まちをあげてのボランティアが「須賀川災害FM」 という放送局を立ち上げ、市民に災害情報と健康情報を提供した。病院の窮状を知った農業生産者のみなさんがタオルや毛布を提供してくれた。病院職員は患者さんを温め、衛生状態を保つことができた。私たちは絆を感じ、感謝した。そして後に風評被害で苦しむ農家のみなさんの作物を買う目的で病院の敷地内に「はたけんぼマルシェ」ができた。
 まちの人たちは震災にひるむことなく心を繋(つな)ぎ、ゆるぎない絆で結ばれていった。これが、協力型社会の息吹だと感じている。競争型社会から脱皮して新しい価値観を持って放射線被ばく環境の中で生きていくのである。
 
 平成二十三年五月二十日に東京大学の浜田純一総長が「生きる。ともに」という復興支援の基本理念を発表している。生きることの大切さ。自然とともに、家族とともに、隣人とともに生きることの大切さを説いている。
 福島県に住む私たちは原発事故に負けることなく、お互いに協力し合って「ともに生きる」ことを目指したい。ひとつひとつのまちが、心豊かに住めるまちに進化する。人々が協力し合って、ともに生きるまちをつくる。みんなが心のベクトルをひとつにして協力することで実現できると信じている。
 先の見えない放射線被ばく環境下に住む私たちは常に心に不安を抱えている。メンタル不全になる大人、子どもたちが後を絶たない。心を体と同じように鍛えることができるだろうか?可能性はある。私たちは心豊かに住めるまちを目指し、さまざまな課題に真正面から向き合うことが出来る組織をつくることにした。NPOである。名前を「ともに生きる」とした。心のケアから始めようと考えている。
 住民の心をケアするために有力な人たちが次々に参加している。東京大大学院情報学環の石崎雅人教授、鶴見大文学部教授で臨床心理士の吉村順子先生がNPOに参加してくださることになった。西武文理大看護学部教授の吉山直樹先生は来年一月から心の相談室を当院の外来で開設してくださることになった。教育学部や臨床心理士を目指している学生さん、私たちと一緒に子どもたちの心のケアをしてみませんか?
須賀川市の地域中核病院から発信する協力型社会を目指した新しい旅立ちは、いま始まったばかりである。

公立岩瀬病院 院長

 

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